トレセンからやって来る元競走馬

競走馬のトレーニングセンターのある栗東や美浦の厩舎で過ごしたサラブレッドが中継地を経て私のアルバイト先の乗馬クラブに馬運車に乗って移動してくることがあります。
馬運車から降りた瞬間に競走馬ではなくなると思うと私は涙が出そうになります。
とっくに競走馬登録は抹消されているはずですが、これからは一切、レースや過ごしていた厩舎の皆様とは関わりがなくなります。
馬運車に乗るときまでお世話をなさっていた厩務員さんの想いを毎回、想像してみています。
ぜひ直接、お聞きしてみたいとも毎回、思います。
どんな愛称で呼んでいたのかとか、性格の特徴とか、体調や癖などなど申し送りにしていただきたいことが山のようにあります。
実際は何も申し送りはできない状況と察してはいます。
名前をどう呼んだら反応してくれるのかに始まり、名前と生年月日、父と母の名前とレースの勝敗結果以外はすべてが手探りです。
洗い場で周りを見回す元競走馬の4歳牝馬がいましたが、大好きな厩務員さんを探している仕草に私には見えました。「大好きな厩務員さんにまた会えるよ。大丈夫だよ」と声をかけるしかありませんでした。2年後の今でも会いたいだろうなと感じることがあります。
また、元競走馬の6歳セン馬は馬主さんから馬着をわざわざ買っていただいたのでしょう。
暖かくてかつ水に濡れてもすぐ水気を拭き取れる丈夫で立派な新しい馬着で、馬主さんの愛情と惜別のお気持ちが伝わってきました。
会いに来ていただいてこれからも堂々と馬主さんの振る舞いをしていただけないかと切望しています。経済的な要求からではなく馬の心の安定のためです。
馬たちにも繊細な心がある
知っている人間が多分、一人もいない新たな環境にやって来る馬たちの緊張と寂しさは計り知れないです。
それゆえに声をかけて話しかけて、緊張から少しでも早く解放されるように努めています。
馬たちそれぞれの心の安定にも心を配ります。
世話をさせていただく厩務アルバイトとしてできることのひとつです。
人間に寄り添って生きることを求められ調教されてきた馬、人間が守るべき愛しい存在です。